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第22回 新学期

 新学期がはじまった。街でふく風は、もう秋のにおいがしてきている。
 夕食時、信慈はまた色々と学校であったこと、ゲンジン先生が話してくれたことなどを報告してくれる。
「今日、ゲンジン先生に『エノコログサ』っていう詩、教えてもらったの」
 シチューをスプーンで掬いながら、信慈は言った。
「エノコログサ……。誰の詩?」
 瑞恵が聞く。
「まど・みちおっていう人」
「ああ、『ぞうさん』を書いた人ね」
「そう、『ぞうさん』。ええとね……」
 信慈はスプーンを置いて、しばらく宙を見つめる。

 エノコログサ
 エノコロ コロコログサ

 みせてもらおうにも かそかすぎて
 めを つぶらなければ……

 エノコログサ
 エノコロ コロコログサ

 さわらせてもらおうにも かそかすぎて
 かぜの手に おねがいしなければ……

 私は信慈がスラスラと暗唱出来ていることに少し驚いた。
「僕この詩、とても好きになった」
「信慈、その詩、今日習ったのにもう覚えたのかい?」
 信慈は当たり前のような顔をして、
「うん。だって好きなんだもん」
「ははあ」
 私は感心してシチューをすすった。
「原先生はいろんな詩を教えてくれて、いいわね」
 瑞恵が言う。
「うん。先生言ってたよ。自分が好きだと思った詩は、目で読むだけじゃなくて、声にも出していったらいいよって」
「確かに、詩を声に読むのは大事なことだよ」
 私は少々知ったかぶりをした。
「先生はみんなに詩を暗記するように言うのかい?」
「別に、無理には言わないけど……。でも、好きな詩は暗記したほうが楽しいよって言ってた。だってそしたら、本が手元になくても、いつでもどこでも、好きなときに詩を頭の中から取り出して読めるよ。楽しいとき、淋しいとき、本がなくてもいつでも口ずさめるよ、って」
「なるほどね」
「だから僕も、あ、いいなあって思った詩はなるべく覚えるようにしてる」
「まあ、えらいわねえ」
 瑞恵が言った。
「信慈は『エノコログサ』という詩は、どこがいいなあと思ったの?」
「ええと……。エノコロ、コロコロ……って、言葉の感じがかわいくて好き」
「言葉のひびきが好きなんだね」
 私は言った。
「うん。あと、この詩を教えてもらったとき、僕、エノコログサはギュッとつかんじゃ駄目なんだ……って思ったの。つかまないでそっと見てるだけだから、エノコログサはエノコログサなんだって。授業のときそう言ったら、ゲンジン先生とても喜んでた」
「ほう」
 私は信慈の顔を見た。
「なんでか分かんないけど、ゲンジン先生、とっても喜んでくれたの」
「いや、信慈はとても大事なことを言ってると思うよ」
私はまた感心しながら答えた。信慈は空を人さし指で指して、
「エノコログサ、エノコロ、コロコログサ……」
 私は思わず、信慈の指さすところを目で追った。
「ゲンジン先生ね、大事なのは指さすことなんだって言ってた。エノコログサをつかむ代わりに、そっと指さすだけでいいんだねって、先生言ってたよ」

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