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第20回 ゲンジン先生との対話(2)

原先生 「そう思った僕は、口調を変えて、ところでみなさん! と呼びかけてみました。ところでみなさん、みなさんは普段言葉をどうやって発音してますか? そうすると、子どもたちはキョトンと……」
 原先生も私も笑った。時間がたつに連れ、原先生の緊張も大分解けてきたようであった。
原先生 「言葉は、どうやって言ってますか? こう、ハーッと息を吐き出しながら言っていますか?」
私 「突然そういうことを言われたら、そりゃ子どもたちもキョトンとするでしょう」
原先生 「はい。何を当たり前のことをこの先生は言い出しているんだ? これは何のクイズなんだ? みたいな顔をしていました。僕は言いました。悪口というものは、考えてみればすべて人の内側から出てきますね。人の中から、吐き出されますね。では、反対に、言葉を吸い込まれるものとして考えてみたらどうなるでしょう?」
私 「ついに吸い込む言葉の登場ですね」
原先生 「はい。僕たちは普段、言葉というものを吐き出すものだ、ということを当たり前のものとしている。でも実は、言葉は吸い込んでも発音することが出来るんじゃないか、僕はそう言いました。ためしに、ありがとう、と吸い込んでごらんと言ってみると、子どもたちはいっせいに発音し始めました」
私 「はい」
 私は笑いながら聞いていた。
原先生 「成長するにつれ、吸気による言葉は発音しにくくなるのですが、子どもたちはまだ綺麗な声が出るんですね。か細い、でも澄んだようなとても綺麗な声が出るんです。いや、子どもたちがいっせいに吸い込んで声を出している光景は、壮観でした! 僕は子どもたちはみんな天使だと普段から思っていますが、そのときばかりは本当に天使たちがいっせいに教室に舞い降りたみたいでした」
 私は声を出して笑った。
原先生 「子どもたちは、何か宝ものを発見したみたいに嬉々とした顔をしていましたが、しかし出てきた感想として、『面白いけど、言いにくい』というものがありました」
私 「ヒトの喉頭の構造は、基本的に吐き出す言葉に適したように出来ていますからね」
原先生 「はい。だから言いやすい『吐き出す言葉』を平常使うのは当然のことで、吸い込んで言葉を発するのは体のつくりに逆行した不自然な動作、ということになります。吸い込んで発音すると言いにくい。でも、言葉はもしかしたら、言いにくいくらいのほうがいいのかもしれないね、と僕は子どもたちに言いました。普段、言葉はあまりにも簡単に吐き出されてしまっているから……」
私 「信慈も印象的だったようですよ。言葉は言いにくいくらいのほうがいい、というその先生の言葉が」
原先生 「ああ、そうですか。……はい、そのときも、びっくりするぐらい、子どもたちは納得した顔をしてくれたんです。あんなに納得した表情をして子どもたちが僕の話を聞いてくれた経験は初めてだったかもしれません。やはり、実際にそういうふうに体を使ってみると納得しやすいのかもしれません」
私 「それは、大事なことですね。頭だけでなく、実際に体を使って、体で納得するという……」
原先生 「ただ、僕、家でひとりで吸い込む言葉を試してみたのですが、あまり言いすぎると肺に空気が不自然にたまったような感触になるんです。ホモ・サピエンスの喉頭の構造上、これはあまり自然な動作ではないでしょうから、もしかしたら体に負担をかけてしまうこともあるかもしれない、僕はそうも思っていたものですから、あまり言い過ぎるな、ということは子どもたちに伝えました。吐き出す言葉は際限なく言えるけれど、吸い込む言葉はそうじゃない。吸い込む言葉には、一定の限度がある。だからあまり言い過ぎるな、と」
私 「うーん、なるほど。実際のところは、どうなんでしょうねえ。そんなこと研究しているお医者さんもいないでしょうしねえ。確かに、あまり自然な行為ではない、かも知れない」
原先生 「原人とホモ・サピエンスでは喉頭の構造が違いますよね……。原人にとっては、吸い込む言葉は自然な行為であると僕は推測しているのですが」
私 「確かに、原人の喉頭の構造ならば、ホモ・サピエンスよりはるかに、吸い込む発音はしやすいでしょう」
原先生 「と、あまり言い過ぎるなとは言っておいたのですが、その授業が終ってからというもの、もう……。吸い込んで言う言葉が、すっかり子どもたちの間で流行ってしまったんです」
 原先生は苦笑して、
原先生 「いや、もう完全に僕のせいなのですが……。クラスどころか、いまや学校全体にまで波及しだしていまして、これは一体どういうことか、と職員会議でも採り上げられました。僕はすっかり動揺してことの次第を説明したのですが……」
私 「そこまで波及しているとは、知りませんでした。会議では、大丈夫でしたか?」
原先生 「とりあえず、怒られました。子どもたちにおかしなことをさせるな、と」
 真剣な表情で語る原先生には申し訳ないが、私は思わず笑ってしまった。
私 「もちろん、原人がどうとかは言いませんでしたが、言葉はいいにくいくらいのほうがいいのではないか、という 問題提議として国語の授業で採り上げました、と会議では説明しました。先生たちからは、とりあえず、おかしなことをさせるな、と言われました。下品だ、という声も出ました。びっくりしたのは、なんだかゴリラや原始人みたいだから止めさせろ、という意見が……」
私 「はっはっは、それは傑作だ。その教師は知らず知らず、本質を言い当てたんだ」
原先生 「ええ。ということで、学校側としてはいま吸い込む動作を子どもたちに規制させようとする方向でいるようです。僕にはその学校側の言い分はまったく理解出来ないのですが、しかしもし本当にこの動作が子どもたちの体に悪い影響を与える可能性があるのなら、それはもちろんすぐに規制しなくてはいけない、とは思っています」
私 「どうなんだろうねえ。体に対する影響ねえ……。ただ、子どもたちもそこまで言いすぎてしまう、ということはないんじゃないか、とも思うけれども。うちの子どももいま気に入ってよく使ってはいるけど、そんなに何回も連続して言ってはいないよ。間隔が空いていれば大丈夫じゃないか、という気もするけどね」
原先生 「だったらいいんですけど……。ふと、あまりに心配になったので、いまは子どもたちにこう言ってるんです。半分冗談めかして、ですが。吸い込む言葉は、一日に言える数が決まっている。僕が思うに、それは5つくらいだ。だからその5つを、大切に使いましょう」

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