ウェルニッケ野
聴覚を司る「側頭葉」の上部――。
しかし、以上のようなことを考えると、類人猿と原人を分かったものというのは、単なる聴覚ではない、ということになります。そもそも、外界の音を聴き取る意味での純粋な聴覚であれば、人間以外の哺乳類のほうが発達しているでしょう※。
※人間の可聴音は、低いほうで20ヘルツ、高いほうで2万ヘルツくらいまでと言われています。哺乳類には人間が聴きとれない音域を聴きとることができる種がたくさんいます。たとえば、イヌの可聴音域は15ヘルツから5万ヘルツです。イルカに至っては、最大15万ヘルツもの音域で、互いに会話をしているそうです。
類人猿が「原人(ホモ・エルガステル)」に進化していくに当たって、単なる聴覚ではない、特殊に発達していった「側頭葉」上部があるようです。そしてその部位こそが、類人猿を“はじめの人間”――原人とならしめたものであった――。
僕は先ほど、原人の時代になって、僕たち人間は、外界に“声”のようなものを感じるようになったのではないか、ということを述べました。その“声”とは、哺乳類が通常外界から聴き取っている自然音とはまた別種のものです。では、この“声”とはいったい何か――。
申し遅れましたが、この特殊に発達した「側頭葉」上部には名前がついています。非常に有名な名ですが……、そう!「ウェルニッケ野」です。
ウェルニッケ野――「側頭葉」にあるこの部位は、「感覚性言語野」とも呼ばれ、一般に“言語の理解”に重要な働きをしているとされています。ただし、右脳・左脳両方の側頭葉にあるのではなく、片方の左脳だけにあります。この部位が損傷すると、言語によるコミュニケーション(他者の言葉の聴き取り・理解)が困難になると言われています。
そして実は、僕はこのウェルニッケ野こそ、類人猿と原人とを別ったものである――と考えています。

ウェルニッケ野は、1874年にドイツの医師カール・ウェルニッケにとって見出されました。この部位が侵されると、喋ることは出来るけれど、その言葉は意味をなさず、また他人の喋っている言葉も理解出来ない、という現象が起こるようです。
脳にはウェルニッケ野の他に、もうひとつ代表的な言語野があります。それは発見者のフランスの医師ポール・ブローカの名を取って、「ブローカ野」と呼ばれています。ブローカ野は「運動性言語野」とも呼ばれ、一般に“言語の発話”に重要な働きをしているとされています。位置としては、左脳の「前頭葉」の後方に当たります※。このブローカ野は、ウェルニッケ野に十数年ほどさきがける1861年に発見されました。
※人間は10人中9人は、言語野を「左側」の大脳半球に持つと考えられています。
ブローカ野が侵されると、言葉を理解することは出来るけれど、うまく発話したり文字を書いたりすることが出来ない、という現象が起きるようです。カール・ウェルニッケは、この十数年前のブローカの発見を受けて、次のような仮説を立てました。
「ブローカが見出したのは、言語に関する“出力”領域に過ぎない。脳にはもう一つ、言語の“入力”領域というものがあるはずだ。脳の行なう最も大きな働きとは、その『入力―出力』という橋渡し作業をすることである※」。
※その橋渡し作業を、彼は《連合》と呼びました。
「脳」などの神経系を代表とする《動物性器官》は、大きく分ければ「感覚―運動」という働きになって現れるということは、先ほど【人間のこころ】の項で書きましたが、つまりブローカが発見したブローカ野は、この「感覚(入力)―運動(出力)」の、「運動(出力)」部を司る役割を果たしている、とウェルニッケは考えたのです。言語はもちろん、聴覚と密接な関係を持っています。人間の赤ん坊は、母親をはじめとする周囲の大人たちが喋っているのを聴いて、言語を習得してきます。だから、言語を入力(感覚)する部位は、聴覚の受容部位(『側頭葉』上部)に近いところにあるはずだ※、とウェルニッケは見当をつけました。脳の聴覚受容部位に、言語受容(入力)用に特殊に分化した領域があるはずだ、と。
そして実際、言語以外の認知能力には問題はないけれど、言語の受容(聴き取り・理解)に困難のあるとされる患者さんの脳を死後解剖した結果、受容部位があると予想していたとおりの場所に、病変が見つかったそうです。すなわち、「側頭葉」上部に、異変部が見つかった。こうして、言語野には「入力―出力」のそれぞれの部位があるというウェルニッケの仮説はいったん証明されるかたちとなり、その“入力”部位は「ウェルニッケ野」と呼ばれるようになったのです(参考:『臨床医が語る・脳とコトバのはなし』岩田誠=著 日本評論社 2005)
※当時(1874年)、側頭葉のあたりに「聴覚」に関係する部位があることは既に分かっていたそうです。
さて、およそ百数十万年前に、類人猿と「原人(ホモ・エルガステル)」とを別ったその要因である、と僕が考えるウェルニッケ野――。
起源で言うと、ブローカ野よりこのウェルニッケ野の方が古いようです。ブローカ野がいま現在の僕たちと同等なものとなって完成したのは、割と最近、古くても20万年ほど前のことではないか、という説もあります※。
※「原人(ホモ・エルガステル)」が活動していたのは、およそ百数十万年前から60万年前ごろであるとされています。つまり、彼らが生きて生活していたのは、完全な「ブローカ野」が出現するずっと以前の時代です。
ではそもそも、どうやってこのウェルニッケ野は人間の「側頭葉」上部に生成されていったのでしょうか。先ほどチラリと述べました、「外界に“声”を感じる」とは、いったいどういうことなのでしょうか。また、ウェルニッケ野とつながるブローカ野とは本来、どのような部位なのでしょうか。その結果、人間に引き起こされる「運動」とはどういったものなのでしょうか。
……
次から述べるのは、僕が組み立ててみた仮説です(いよいよ、問題の核心部です)。この仮説が、この『原人型世界認識』という文章の柱となり、また根拠となっていくものです。
仮説は、7つの段階からなっています。段階が進んでいくほど、もしかしたらあなたに突飛な印象を与えるようになっていくかもしれません。しかしどうか、ご寛大な気持ちでゆっくりと読み進めてみてください。
ではではまずは、仮説の第1段階、ウェルニッケ野の起源から――。
*
「お父さん、読むの早すぎる」
信慈(しんじ)が口をとがらせて言った。
「だいぶゆっくり読んでたぞ」
私は残っているアイスコーヒーを飲み干した。
「で、何が書いてあったの?」
「読んでなかったのかい。あんな真剣な顔して」
「だって、難しいんだもの」
「まあ、確かにな。まだ信慈には難しいよ」
ウェルニッケ野が人間の言語の発生と不可分である、というのは一般に言われることだが、しかしウェルニッケ野が「類人猿」と「原人」を別ける直接の要因となった、と言う説は聞いたことがないな。これも、彼の思いつきなのだろうか。
それにしても、外界に“声”を感じるとは、一体どういうことなんだろう?この“声”の感受にウェルニッケ野が関わっている、と彼は書いているが……。
窓から、夕日を浴びて立つポプラの樹が見える。
「人間の脳にはね、言葉の聴き取りに深い関わりを持っているウェルニッケ野という部位があるんだけどね」
「ウェルニッケ野?どんな字を書くの?」
「カタカナでウェルニッケと書いて、あとは漢字で、野原の野だよ」
信慈はテーブルに置いてあるメモ用紙に、ゆっくりと「ウェルニッケ野」と記した。
「そう、それでね、原先生はこのウェルニッケ野に注目しているようでね、このウェルニッケ野の誕生が、サルとヒトを別けた要因だって先生は考えてるみたいなんだよ」
「そのウェルニッケ野は、えーと、言葉と関係があるんだったっけ?」
「そう、言葉を聴き取ることと」
「じゃあ、サルとヒトを別けたのは、言葉だってことになるね」
信慈は鼻の頭に小さく汗をかいている。
「お前、なかなか鋭いな。うん、でもね、原先生の変わっている、いや、面白いところは、言葉はそもそも、人間だけではなくてサルも動物も持っている、と考えているところだよ」
「動物も言葉を持ってるの?」
「と、先生は考えてるみたいだね。イヌがワンと吠えたり、鳥がチュンチュンと鳴いたりするのも言葉であると……」
私はハンカチで信慈の鼻の頭の汗を拭いた。
「でも、ヒトだけしか持っていない種類の言葉がある、と先生は考えていて……。それが名詞としての言葉だと先生は言ってるみたいだね」
「名詞?」
「そう。ものの名前だね。とか、コップとか、ノートとか、樹とか花とか」
「名詞を持っているのは、人間だけなの?」
「その点に関しては、お父さんも同じ考えだな。確かに、名詞に相当するものはサルも持っていない……と考えていいと思うよ」
信慈は、目の前のコップを指さして、「コップ」と小さく呟いた。そうして、しばらくふたりで黙っていた。
ふと思い立って、
「信慈、窓の外の……」
私は外を指さした。
「何?」
「ほら、すぐそこのポプラ。見てみてどう思う?」
「……」
「お父さん、原先生の文章読んで、よく分からないところがあってね」
「うん」
信慈は立ち上がって窓のすぐそばまで来た。そうして外のポプラの樹をじっと見つめた。
「原先生は、揺れる樹の葉っぱを見て、“声”を感じるって言うんだよ」
明るい夕日を浴びて立つポプラの樹――。
「その、“声”を感じることが、人間だけが持つ名詞の誕生につながった、と先生は書いてるんだけどね」
「うん」
「お父さんは、よく分からないんだけど……。信慈は“声”みたいなもの、感じるかい?」
「うん」
「え?」
私はびっくりして信慈の横顔を見つめた。
「信慈は“声”を感じるのかい?」
「うん!」
信慈は窓ガラスから顔を離し、また私の隣に座った。
「どんなふうに?」
「うまく言えないけど……」
信慈は目の前の空間を見つめながら言った。
「うまく言葉に出来ないけど、でも何か感じるよ!」
「ポプラの葉っぱに?」
「うん。葉っぱだけじゃないけど。空とか、雲とか……」
私は少々狼狽しながら訊ねた
「それらは、何て言っているの?」
信慈は私の顔を見て、
「うーん、よく分かんない。でも、いまも感じたよ」
「それは、前から?」
「うーんと……。あ!」
信慈の顔がパッと輝いた。と、玄関から物音がした。瑞恵(みずえ)が買い物から帰ってきたようだ。
「ただいま」
「おかえり。ジュース買ってきた?」
すかさず信慈は後ろを振り返って訊ねる。買い物袋を提げた瑞恵は私と信慈を見て、
「ただいま。二人してお勉強?」
「うん。ゲンジン先生の本、読んでるの」
「あら。信慈も?」
「うん」
買ってきた食材を冷蔵庫にしまいながら、
「いいわねえ」
「ジュース買ってきた?」
「買ってきたわよ。いま飲むの?」
「うん」
ジュースをコップに注ぎながら、
「プールからはいつ帰ってきたの?」
「ちょっと前。30分くらい」
瑞恵はテーブルまでやってきて、ジュースの入ったコップを信慈に渡した。
「ありがと」
「たくさん泳いだ?」
「うん。泳いだ。疲れたー」
信慈はジュースをのどを鳴らして飲んだ。
「いまからお米を炊くから、夕食は7時過ぎになりそうだわ」
瑞恵は私にそう言って、奥の洗面所に入っていった。
「信慈、さっきの話だけど……」
信慈は素早くコップを置いて、
「うん!あ、でもほんとうに、樹が喋ったわけじゃないよ」
信慈は真顔で、
「雲が、やあ、とか喋ったわけじゃないよ」
私は笑って、
「そりゃ、そうだろう」
「ほんとに声がしてるわけじゃないんだけど。そう、それでね、この前」
私はグラスの底に残った氷をひとつ、口に流し込んだ。
「この前、遠足に行ったときにね」
「モエレ沼公園にかい?」
確か信慈たちは先月、遠足でモエレ沼公園に行ったはずだ。
「うん、そう。モエレ沼公園に行ったときね、山の上でね、お弁当食べてたとき……。道に、ずーっとポプラが並んでてね、僕それを見てたの」
「ほう」
「すごくいい天気でね、風がサーッと吹いてね、そしたら葉っぱがこう……」
信慈は小さな両手を星のように振りながら、
「キラキラ光って、すごく綺麗だったの」
「うん」
「お弁当食べながら、それに気付いて……。僕、そのときはじめて気付いたの。あ、綺麗!……って。そのとき僕、はじめてポプラが綺麗だって気付いたの。それで、何か、ドキドキして、思わず隣の英くんと遼くんに伝えたの」
「仲良しの英くんと遼くん、だね」
「そしたら英くんも遼くんも、ほんとだ、綺麗って……。そしたら他のみんなも、そう言えば綺麗だねえ、って」
「信慈だけでなくて、クラスのみんなもそう言ったんだ」
「みんなかどうか分かんないけど。誰か後ろの女の子が、宝石みたい!って言ってた」
「ポプラの葉っぱがかい……?」
私は子どもたちの感受性に、ちょっと圧倒された思いだった。40歳を過ぎた私は、ポプラを見ても何もこころが動くことなんてない。
「先生は、そのときなんて言ったんだい」
「いや、そのとき後ろの方にいたゲンジン先生は何も言わずに……でも、ニコニコしてたかなあ。帰り道にね、ゲンジン先生が、僕と英くんと遼くんにね、ポプラが綺麗だったんだね、って言ったの」
私はまた氷を口に入れた。
「僕たち、とても綺麗だった、と言った。そしたらゲンジン先生がね、ポプラから何か“声”は感じなかった?って。」
私は小さくなった氷をポリポリと噛んだ。
「“声”って何って聞いたら……ほんとに声がしてるわけじゃないけど、でも声みたいなものを感じなかったかな、って」
「難しいな、禅問答みたい。お父さん、そこがよく分からないんだよなあ」
信慈は私の目を見つめながら、
「でも、僕も英くんも遼くんも、はい、って答えたの」
「本当に?嘘じゃなくて?」
「うん、ほんとに。そう言われれば、そうだなあ!って。ああ、キラキラが“声”だ、って……」
「ん、何だって?」
「キラキラが、“声”。キラキラが“声”なんだ、って分かったの」
私は信慈の言っていることについていけなくなっていた。小学3年生の信慈の口から、こんな禅問答のような言葉が飛び出すとは思わなかった。原先生と子どもたちの間には、私たちには理解できないような、独自のコミュニケーションのルートが存在しているのだろうか。
「うーん、よく分からないけど。キラキラして見えるのが、“声”なのか……?うーん」
私は原稿に目を遣った。
「とりあえず、いまから続きを読むから、信慈はまたお父さんの分からないところがあったら解説してくれよ」